信州。。小布施
不覚にも、「小布施」を知りませんでした。先輩から是非行きなさいと勧められ今回訪れました。
長野駅から30分少々、長野電鉄の小布施駅です。この日は、好天で”夏”到来を思わせる暑い日でした。
小布施町の紹介ページによると『鎌倉・室町時代に入ると小布施という名が史料に出てきます。千曲川の舟運が発達した江戸時代には、今も安市に面影を残す定期的な六斎市がたち、北信濃の経済・文化の中心として栄えました。幕末には、葛飾北斎や小林一茶をはじめ多くの文人墨客が訪れ、地域文化に花を咲かせています。』とあります。
小布施のすごいところは、単なる街並み保存ではなく、景観づくりからまちづくりへと持続的な努力をしていることにあると思います。これらは、「街並修景事業」で検索すると多くの報告が出ているのが判ります。
もちろん街並みばかりでなく、歴史ある芸術・文化を展示する美術館・博物館の数々、地域特産の食の提供、大学との連携などなど盛りだくさんです。
いろいろ資料に当たると、北斎館が小布施の中心施設のようです。『葛飾北斎が、地元の豪商、高山鴻山に招かれて小布施に来たのは83歳の時この時既に北斎は、肉筆浮世絵に移っていた。』 肉筆浮世絵は、キャンバスに浮世絵を描くので一点物となるところが、版画版の浮世絵とは大きく違います。北斎は、高齢にもかかわらず、製作欲旺盛で多数の作品を小布施に残したらしいです。
ラッキーなことに、ちょうどこの週から、シカゴ・ウエスタンコレクション「肉筆浮世絵」が開催されていました。北斎、歌麿、豊国、暁斎らの作品が堪能できました。
小布施駅ホームから北西を見ています。山に囲まれ、これぞ信州と魅せられてしまいます。雲の合間から遠く大きく妙高山が見えました。(写真では、雲に隠れています)
善光寺平のあちこちに豊かで確かなコミュニティの存在があったことを知らされました。明治以降、とりわけ戦後、「経済成長」のために都会に吸い寄せられ、このコミュニティを分断され、そして孤人となっていく現代人の救いのヒントがここにあるように思いました。
2015年7月20日